人生を変えるほどの上司と出会い、子どもと一緒に私自身も成長しています。

「出る杭は打たれる」とは言いますが、当社の場合は「出る杭は抜かれる」。やる気のある人や結果を出している人はどんどん引っ張り上げられます。 私も「校長をやってみないか」と幾度となく声をかけていただいたのですが、最初は断り続けました。なぜなら、私がやりたかったのは自分の手で生徒の成績を上げ、夢を育むこと。校長になれば授業が減ってしまいます。しかしとうとう断れなくなり、仕方なく校長に(笑)。心から尊敬する上司から繰り返しチャンスを与えられ、断る言葉が見つからなかったんです。その上司とは現在の社長です。

校長として任されたのは、生徒数が減り、存続の危機に陥っていた教室。自信はなかったですが、お預かりしている子は絶対に第一志望校に合格させる!という決意で乗り込みました。努力の結果、生徒数は2倍となり、難関高校の合格者数でも地域トップクラスの塾に。私は特別なことをしたわけではありません。「校長はえらくない。みんなで一緒にがんばりたい」というメッセージを送り続けたんです。“チーム”を意識することで、後輩も生徒も保護者もベクトルが同じになり、成績が上がると皆のモチベーションが上がる…というふうに好循環を生み出すことができました。

2015年、京都に初進出するときも学区長として一から教室を作るチャンスに恵まれました。生徒を集めるところからスタートし、目指すはトップ校の合格者実績で地域No.1。なかなか難しい目標でしたが、『馬渕教室』には、成績が上がるしかない教育システムがあるんです。先頭集団から一人、二人と脱落していくマラソンと逆で、最初は一人だった先頭ランナーに一人、二人と追いつき、最後に大きなトップ集団ができていきました。そして京都進出から2年後、学区内の最難関校に65名の合格者を輩出。これはエリア内の塾でも驚異的な数字で、着実に実績を積み重ねることができました。

次に滋賀への進出が決まり、2017年滋賀本部長に就任。振り返ってみると、私は常に“切り込み隊長”として新しいエリアを任されてきました。地域もメンバーもそのつど違いましたが、やってきたのはただ一つ、「目の前にいる子の成績を上げる」こと。生徒の喜ぶ顔を見るのが一番嬉しいし、教えるのが大好きです。今後の目標は『馬渕教室』を関西一の塾にして、関東にも展開できるようにすること。それができるほどの人材も育てたいですね。

  • 最終更新:2020-01-27 17:29:12

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